四旬節第3主日 2017.3.19

「わたしが与える水を飲む者は決して渇かない」(ヨハネ4・14)

本日の司式は祐川神父様です。説教の一部をご紹介いたします。

 

『<涸れた谷に鹿が水を求めるように 神よ、わたしの魂はあなたを求める。

神に、命の神に、わたしの魂は渇く。いつ御前に出て 神の御顔を仰ぐことができるのか>(詩編42・2-3)

これは私たちの心の渇きを歌っています。主こそ生ける力の源である。

聖アウグスチヌスはこう言っておられます。<神よ、あなたは私たちをあなたの方に向けてお造りになりました。 ですから、私たちの心は、あなたのうちにまで、安らぎを得ることができないのです。>と。心の奥底にある渇きをイエスは渇くことのないように水を下さるのです。

 

福音書の最後にこうあります。<さて、その町の多くのサマリア人は、「この方が、わたしの行ったことをすべて言い当てました」と証言した女の言葉によって、イエスを信じた。そこで、このサマリア人たちはイエスのもとにやって来て、自分たちのところにとどまるようにと頼んだ。イエスは、二日間そこに滞在された。 そして、更に多くの人々が、イエスの言葉を聞いて信じた。 

彼らは女に言った。「わたしたちが信じるのは、もうあなたが話してくれたからではない。わたしたちは自分で聞いて、この方が本当に世の救い主であると分かったからです。」 >(ヨハネ4・40-42)

 

この復活祭で洗礼を受ける洗礼志願者もイエスに渇きを求めてきたのです。私たちもこれを思い出し、心の渇き・イエスのことを、サマリアの女と一緒に渇きを見つめたいと思います。(説教の一部を抜粋)

洗礼志願者のための祈り

復活祭に洗礼を受ける志願者のために、<罪の重荷と悪のきずなから解放し、すべての危険から守ってください。いつも平和と喜びかのうちにあなたに仕え、永遠に賛美と感謝をささげることができますように>と祈りが捧げられました。