受難の主日( 枝の主日) 2016.3.20

「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」(ルカ23・46)

ミサ

本日のミサは祐川神父様とロー神父様との共同司式で行われました。

ホールに集まり、枝を持って入堂し、主のエルサレム入城が記念されました。

祐川神父様の説教の一部をご紹介します。

 

『私たちはキリストの十字架に責任を持つ事ができます。キリストの受難には3つの意味があります。一つには<メンタルな面>・・血の汗を流して祈るキリスト。ユダやペトロという友に裏切られるキリスト。ゲツセマネのイエスの姿を黙想することで、決して私たちは1人ではないことが分かります。そして二つ目には<肉体的な面>・・茨の冠を思う時、ひどい拷問を受けたキリスト。ここでもイエスと連帯ができます。そして、三つ目には<霊的な面>・・<我が神、我が神、どうして私をお見捨てになったのか>。ここでもやはり、私たちはイエスと同じ体験ができます。

 

ロシアで捕われ3年間投獄されたある司祭が祈ったみ言葉<父よ、わたしの霊を御手にゆだねます>。

個人の受難の中でも、イエスと連帯していることを黙想したいと思います。 』(説教の一部を抜粋)

 

聖歌隊練習

復活徹夜祭で歌う曲のご指導を祐川神父様にしていただきました。

神学校では聖歌隊だったそうです。全て暗譜しているご様子。きれいな声をしていらっしゃいます。

機会があったら是非、祐川神父様の歌をお聴きください。

神父様、ありがとうございました。