年間第15主日 2015.7.12

「イエスは十二人を遣わすことにされた」(福音朗読主題句 マルコ6・7)

本日のミサは祐川神父様とロー神父様による共同司式です。

祐川神父様の説教の一部をご紹介いたします。


『教皇フランシスコが選ばれた時、イエズス会士でもあるのでフランシスコ・ザビエルかと思いましたが、アシジのフランシスコを名乗りました。平和の事を思う時、アシジのフランシスコの人生を振り返ることは有意義なことではないかと思います。アシジのフランシスコは元々はお金持ち、浪費家であったが、1202年、アシジとペルージアとの戦いで捕まり、苦しい体験によって人生を変えることになりました。そして徐々に貧しい者、見捨てられた者への関心が祈りの中で増していく。彼にとって泉となった言葉が二つあります。一つは創世記「神の荷姿となって創造された」もう一つはマタイ25章「小さい者にしたことは私にしたことである」最も貧しい人にしたことはイエス・キリストにしたことであるという意味です。彼の修道生活の基本となった言葉です。ある日、彼は癩病患者を抱きしめた。このことが彼を変えることになったのです。その後、フランシスカンと呼ばれる人が多く出てきて、貧しい者の一人に、貧しい者の中の一人になった。


決して貧困に苦しむ人の原因を取り除いてはいない。キリストは病を回復させてはいない。病の人と共に生きるのです。これがキリスト教の神髄です。日本の司教団からのメッセージとして書かれた小冊子が出ました。「私を平和の道具として遣わしてください」と平和へのメッセージが書かれています。


日本の司教団が一致して平和への呼びかけを、アシジのフランシスコの精神を引き継ぐ者としてキリストの平和を求めるためミサを捧げたいと思います。』(説教の一部を抜粋)