復活節第4主日 / 世界召命祈願の日

良い羊飼いは羊のために命を捨てる (ヨハネ10・11)

 本日のミサの司式はロー神父様です。


ロー神父様のお説教の一部をご紹介します。


『パパ様は「憐み」という言葉をよくお使いになります。

今日は世界召命祈願の日となっています。

パパ様は、キリストにしたがって、自分たちの命をささげることができるたくさんの人を、

神が呼んでくださるように祈りましょうとうったえておられます。

「羊飼い」というたとえは、私たちキリスト信者の間でよく知られています。

今日の福音は、羊飼いと羊のたとえです。

「ヨハネによる福音」では、「呼びかける」と「聞き従う」という二つの言葉が多く出てきます。

自分の心の中にキリストの呼びかけを聞く人もたくさんいると思います。

私が子どもの頃、教会には同じ年代の子どもが10~12、3人いました。

キリストの呼びかけに応えてた神学生によって、それぞれの子どもの中に種のようにキリストの呼びかけを蒔いてくれたことがありました。

今の教会とは事情は違うかもしれませんが、聖書の中身にしたがって考えれば、イエズス様はいつも呼びかけておられます。

ペトロの場合、イエズス様が亡くなり、漁師に戻ろうとします。

前のように仲間と一緒に漁に出ると、キリストが海辺で待っていて、食事を一緒にとろうと呼びかけます。

その時イエズス様はペトロに一言も言いません。

ですがペトロはご復活されたイエズス様を見て、なにかをするためにキリストから呼ばれていると感じ、

キリストの後についていくと決心しました。


現代社会の中では、聞き分けることが一番難しいかもしれません。

いろいろな別のことを考えた理想像したりさせるようなことが多く、

私たちや子どもたちの心にうったえるキリストの呼びかけが聞こえないかもしれません。

ヨハネに言わせると、「聞き分ける」ことではなく、一歩踏み込んで「聞き従う」ことが必要なのです。


今、神学生のことを思い出しますと、キリストからの呼びかけを信じて、一歩進んだ準備の期間に入ったと思います。

4~6年くらいかかる神学生時代の長い期間、ずっと「聞き従って」いくことができるためには、勇気が要ります。

いつかイエズス様に具体的に従って行動することができるまでに、忍耐も必要なのです。


今日、私たちの教会の中にも、イエズス様が新しい召命を、新しい子どもを、青年を呼びかけてくださるようお祈りしながら、

今、東京の神学校で準備している神学生のためにも祈りをささげたいと思います。

この青年たちの心の中に、キリストの魅力を、自分の一生をこのキリストにかけていきたいという気持ちを養ってくださるよう、私たちは祈りをささげましょう。』(お説教の一部を抜粋)