復活の主日 2015.4.5

「週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに・・・・・」(ヨハネ20・1)

 Alleluia! アレルヤ!

復活の主日のミサの司式は祐川神父様です。月寒教会では大人5名、子供4名の合計9名の方々の洗礼式が行われました。おめでとうございます。そして、どうぞ、よろしくお願いいたします。

そして、当教会主任司祭であられる祐川郁生神父様の司祭叙階25周年記念のお祝いも兼ね、ミサ後パーティが行われました。神父様には教会の子供たちから花束が贈られました。神父様、どうぞこれからも、イエス様の香りを放ち、ご指導下さいますようお願いいたします。


神父様のお説教の一部をご紹介します。


『いのちと生命の違いは、生命は保険がかけられますが、いのちは生きるということです。新約は全身全霊で隣人を愛するということを霊、心でし示した。新約というのは決して古くならない。今日この教会では大きな喜びとして9名の方が洗礼を受けられます。洗礼を受けると自分の中に常に古くならない希望が生まれ続ける。そしてそれは死をも超えるいのちを信じる。死はもはやキリストを支配してはおりません。そのことを信じて、復活という現実を受け入れる。この世の中で小さな復活を少しずつ体験していく。夢が無くなった、傷ついた時にもう一度夢を見ようとした時、人を愛そうと歩み始めようとした時、キリストの復活の業・力が働いています。 


 私はフィリピンでイースタービレッジという児童養護施設を始めましたが、親に見捨てられた子供たちがもう一度、敗者復活していくという意味があります。なぜなら、キリストの復活は死んだ後のことではなく、今、始められている。そのことが信仰の証でもあります。洗礼を受ける時について、すべてのものには時、神の時、神が選ばれた時がある。キリストを死ぬ直前でも受け入れることができるかどうか。その時に一人一人の中に希望が生まれます。そのことを信じている共同体。キリストのいのちに入っています。今日、私たちは大きな喜びをもって新しく兄弟姉妹となる式をこの後に行います。』(お説教の一部を抜粋)